あなたの新人はなぜ「メモばかり」で成長が遅いのか?
介護の現場では、利用者様の情報、ケア手順、医療的な専門用語など、覚えるべき情報が山積みです。
新人教育において、「メモをしっかり取らせる」ことは、長らく基本中の基本とされてきました。しかし、現場で指導経験のある方は、こんなジレンマを感じていませんか?
「うちの新人は、利用者様と向き合うより、メモ帳とにらめっこしている時間が長い…」 「メモ帳は文字でいっぱいなのに、いざ身体介護となると手が止まり、対応が後手に回る」 「仕事のスピードが遅いのは、メモを見返してばかりいるからでは?」「仕事の無駄も多くて、時間がかかる…」
指導経験のあるあなたも、こう感じたことはありませんか? 毎日毎日、懸命にメモを取り続けているはずなのに、「そのメモ、どう役立ってるの?」と問いかけたくなるほど、一向に成長が見えてこない。私も、指導経験をしていく中で感じたことがあります。
実は、新人の成長を妨げているのは、その**「メモの取り方」**そのものかもしれません。
本当に即戦力となる介護職員を育てるために重要なのは、単なる記録行為ではなく、「観察力(聞く力)」「アセスメント力(考える力)」「即座の対応力(実践する力)」です。
この記事では、「書くこと」が目的化することで、これら三つの力が育たないという現代の介護育成課題に深く切り込みます。
あなたの新人を、ただの「メモ魔」ではなく、自ら考えて動ける「実践者」へと変えるための、指導者のための意識改革と具体的なアプローチを解説します。
介護現場の鉄則に反する「全部メモする新人」の落とし穴
介護現場では、尊厳と安全が最優先です。新人がすべてをメモしようとする行為は、この現場の鉄則に反し、致命的なリスクをはらんでいます。
1. 利用者様への「観察」が疎かになる
介護ケアは、秒単位で変化する利用者様の状態(表情、呼吸、声のトーン、動作の微妙な変化)を五感で察知することが命です。
しかし、一言一句メモを取ろうと手元に集中する新人は、最も大切な**「観察」と「傾聴」**の機会を失います。
例えば、移乗介助の手順をメモするのに夢中になり、利用者様が発した「ちょっと痛い」という小さなサインや、不安そうな表情を見逃してしまう。
これは、命と尊厳に関わる介護現場において、許されない行為です。
2. 「実践の体感」を欠き、反射的な対応ができない
介護の技術(体位変換、移乗、排泄介助など)は、教科書的な手順だけでなく、相手の体格や重心、力加減を「体で覚える」ことが全てです。
先輩のデモンストレーション中にメモを取ることに集中すると、最も重要な「力を使うタイミング」や「声かけの間合い」といった非言語的な実践知を体感で捉える機会を失います。
その結果、いざ実践となると、メモを読み返そうとして時間がかかり、利用者様を待たせてしまったり、切迫した場面で咄嗟の判断ができなくなったりします。
この状態では、時間がいつまでもかかるばかりか、利用者さんにも不快な思いをさせてしまい消耗させてしまいかねません。さらに、急な体調変化や転倒のリスクを回避できないなど、命にもかかわる事態を引き起こす可能性があります。
予測不能な現場で利用者様の安全を守るための反射的な対応力は、すべて「実践の体感」と「反復」によってのみ培われるのです。
3. 大量メモは「情報のゴミ」となり、活用の妨げに
ケア手順や利用者様の情報をすべて文字で書き写した結果、メモ帳はびっしり埋まり、「○○様のリスクは何だっけ?」と後で見返したときに、重要な情報(例えばアレルギー情報や禁忌事項)が大量の文字の中に埋没します。
メモは**「活用されてこそ価値がある」**ものです。そのような非効率なメモに時間を費やすくらいなら、その時間で先輩の動きを観察するか、一度実践してみる方が遥かに価値があるのです。
見返して次のケアに活かせないメモは、単なる「情報のゴミ」であり、介護現場では時間の浪費につながります。
育成の鉄則:「メモはポイントのみ」と「見守り」への移行
介護現場で即戦力となる職員を育てるには、指導者が「メモ」に対する固定観念を捨て、**「実践」と「体感」**を重視し、新人の自律を促す姿勢を明確に打ち出す必要があります。
1. 「メモは取らない」勇気と「実践」への誘導
指導者は、**「すべてをメモすることの非効率さ」**を、最初の段階で新人にしっかりと説明しましょう。そして、「必ずメモを取って」という指導を一旦見直すべきです。
新人がメモに夢中になりすぎていると感じたら、「ペンを置いて、今は利用者様の動きだけをしっかり見てください」と明確に指示します。
特に身体介護や医療連携に関する手順など、「見る」「聞く」に全集中すべき場面では、五感を最大限に活用させ、情報を一時的に記憶(ワーキングメモリ)させてから、後でまとめてメモを取らせる方が、かえって定着率が高まります。
私もこの「最小限メモ・実践優先」の指導法を新人さんに実施してみたところ、驚くほどの変化がありました。 最初は不安そうな様子でしたが、メモを取る手間が減った分、介助時の目線が上がり、先輩の手本を真剣に見るようになりました。
その結果、知識の定着だけでなく、介助技術が少しずつであっても確実に上達しているのが目に見えて分かるようになってきています。実践と反復学習こそが、成長を加速させることを確信しています。
2. 「見守り」を基本とする自律支援への移行
多くの指導現場では、新人の自律を促すためにも、「メモを取って終わり」にさせず、必ずメモを整理・活用する習慣を身につけさせる必要があります。
しかし、ここで指導者は立ち止まるべきです。
新入社員は、企業に入ったとはいえ、**自分で判断し、行動できる「大人」**です。過度に手厚いルーティン化や、逐一メモを見せるよう求める「徹底的な介入」は、新人の自律性を奪い、指導者側の負担も増やしかねません。
私たちが目指すべきは、過保護な指導ではなく、「見守り」を基本とする姿勢です。 最初は習慣づけを促すにしても、最終的には「自分で考えて、自分のためにメモを活用する」という自律的な行動を尊重し、お互いが負担なく、成長を見守れる関係へ移行することが、真の育成につながるのです。
介護現場で活きる「最小限メモ術」の指導
メモを「記憶と実践を呼び起こすためのキーアイテム」と位置づけ直すことが重要です。指導者が教えるべきは、「きれいな記録の書き方」ではなく、**「どう整理すれば、利用者様のケアに直結するか」**という視点です。
1. 記録すべきは「キーワード」と「リスク」に絞る
メモの量を制限することで、新人に情報の優先順位とリスク管理を強制的に意識させます。
- キーワードに絞る: 「○○様は右側から」「声かけのタイミングは必ず入室前」「入浴後は血圧注意」など、ケアの成功とリスク回避に必要な最小限のキーフレーズに絞らせる。
- 「目的(Why)」と「禁忌(NG)」を明記: 「なぜこの体位変換が必要か?」「絶対にしてはいけない行為(NG)は何か」など、判断の根拠を必ずメモに残させる。
2. メモの余白に「アセスメントの視点」を書かせる
「成長できるメモ」は、客観的な情報だけでなく、新人の気づきや疑問も含んでいます。
- 「?」マークの活用: 「○○様がさっき咳き込んだのは、介助が早すぎたせいか?」「声かけを増やしたら表情が和らいだ」など、その時の疑問や自分の行動の結果を余白に書き込ませる。これがアセスメント能力の基礎となります。
- 客観的な「事実」の記載: 後の介護記録(証拠としての記録)に転記できるよう、「10:30に○○様が水分100mlを摂取」など、数字と時間を正確に、簡潔にメモする習慣をつけさせる。
このことによって、ただ単に仕事をするというものではなく、自分から考えて動くことができる人材へと成長できるはずです。
3. 自律を前提とした「活用」への指導
指導者は、メモの量を評価するのではなく、新人がメモを見返して行動に移しているかという思考と実践の質を評価の軸に据えましょう。
- 活用度の確認: 新人に対し、「昨日メモした○○様の介助のポイントを、自分の言葉で説明してください」と質問する。これにより、メモが「読むだけ」で終わっていないかを確認し、自律的な復習を促します。
- 最終目標: メモを常に見返さなくても、体が動くようになることがゴールだと明確に伝える。メモは卒業すべき「練習帳」であり、「教科書」ではないのです。
メモは「利用者の安全と尊厳」を守るためのツールである
介護現場におけるメモは、単なる備忘録ではなく、利用者の安全と職員自身の身を守るための、極めて重要なツールです。
指導者がまずすべきは、「メモを取れ」と指示することではなく、**「何をメモせず、何を体で覚えるべきか」**という優先順位とリスクを明確に示すことです。
メモの量ではなく、「実践力」と「考える姿勢」を評価する育成へと切り替えることで、あなたの新人は、切迫した現場でも冷静に対応できる、真の即戦力へと進化を遂げるでしょう。