丹波哲郎の説く霊界法則は生きる上での努力を重視

丹波哲郎さんは、運命は降りかかってくるものだが、人は、
その時々において、努力をしなければならないと説いていました。
また、明るく素直に生きなさい。守護霊様に感謝しなさいと教え、
朝晩には守護霊様に挨拶をするよう教えていました。

「怠りの罪」とは、人間として生きる上で
するべき努力をしなかった、大霊界から見た罪業です。
これは神様の目から見て、もっとも重い罪とされています。
なぜなら、人間として生まれてきた目的は魂の進化向上なのに、
何も努力しなかったからです。

生まれてきた以上、人は努力して己を磨かねばならない

何もしないということは努力の経験が
まったく積めないということです。
生まれてきた目的に最も反する行為となります。
引きこもりやニート、不労所得で生きる人などはこのラインすれすれです。

何をするのも面倒くさい怠け者が、あるとき、
反省して突然がんばりはじめたとして
それ以前の経験が何もないと、ゼロから開始することになります。

怠けは自殺に匹敵する大罪で、あの世では裁かれる罪の一つ

怠けている人の場合、その人生で何が魂の記憶に残るかというと、
何もなし。全くのゼロに近いのです。
何も魂の記憶として残っていないのです。
ニートや引きこもり、不労所得の人は、要注意です。

遊惰安逸に流されて、ぐだぐだと怠けて日々を過ごすのは、
最も重い罪ということです。
芸術でも学問でも、奉仕でも何でも良いので、努力をしましょう。

怠けてばかりいれば死後、地獄界に落ちる結果になりかねない

怠りの罪を犯した人が死ぬとどうなるでしょうか。
霊界に行くとそんな人は「タヌキの姿」になっていることが多いそうです。
狸の霊を霊視する話がいろいろな霊能者やサイキックの著書に出ていますが、
それはこういう存在を見ているのです。

タヌキというのは、高い、尊(たっと)い、の「た」が抜けている存在です。
知性も教養もない怠けものが畜生になった姿なのです。
霊体が、動物に変容する話は仏教の畜生道の法話などに詳しいです。

タヌキの姿になって霊界の煉獄で単純労働をやらされるそうです。
例えば、石臼の把手を握ってグルグル回すような意味のないことを
三百年、四百年もさせられるのだそうです。延々と繰り返す無意味な労働罰の世界です。


誰も書けなかった死後世界地図

今生、怠けてばかりいて己を磨かなかった人は、このような煉獄行きです。
煉獄に入ったら三百年も四百年も何の益にもならないことをさせられるのです。
これほどつらいことはないでしょう。
とにかく、何をやるのも面倒くさく、怠りの罪を犯している人は
死後とんでもないことになります。

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