上杉謙信と武田信玄は戦国時代で最も魅力ある武将

風林火山というのは、孫子の兵法より生まれた言葉です。
風林火山は甲斐の武田信玄の旗印として使われました。
源氏の末裔である武田信玄は、領土拡大の野望に燃えて、
戦国時代に戦いをくりひろげました。
京の都に攻め上り征夷大将軍になろうとしていたようです。

大河ドラマ「風林火山」では、武田信玄の軍師、
山本勘介を主人公に、川中島の戦いで、山本勘介が
戦死するところまでを描いています。

生涯、義のために戦った上杉謙信

武田信玄のライバルであった上杉謙信は、
毘沙門天を信仰し、生涯、領土拡大のための
戦いをせず、他の戦国大名の侵略を阻止するための
戦いを六十回以上戦い、すべての戦いにおいて不敗でした。

僧侶が武将をやっているというのが上杉謙信でした。
謙信は生涯独身を守り、室町幕府再興を目指していました。
武田信玄も、出家していますが武将が僧名を得たというほどのことで
武田信玄の生涯は、信仰心とはほど遠いものでした。
上杉謙信の私心なき道義心に比べて、対照的です。

幕末まで家が残った上杉と三代で滅亡した武田

因果応報といいますか、結局は武田家は滅亡します。
一方、上杉はその後、家名が明治維新まで存続したのです。
「積善の家には余慶あり」とはまさにこのことでしょう

上杉謙信は、神社の御祭神として厚く信仰されています。
その子孫は生涯、義に生きた謙信公を尊崇し、
その精神の継承を忘れなかったようです。

武田信玄には人間味があり共感される魅力がある

しかし、あまりにも崇高な精神で生きた謙信を主人公にするより
野望に燃えて生きた信玄を主人公にする方が面白い物語になります。
人間味があるので、共感を呼びやすいのでしょう。
部下を育てる才覚があり、有能な臣下を大勢かかえるなど、
国家経営の才能に優れていたのが武田信玄でした。

上杉謙信も越後の産業を広く起こし、経済センスがある武将でした。
武田信玄は京に攻め上る途上で病死し、謙信もその後、病死します。
謙信が病死していなければ織田信長を倒し、室町幕府を再興していたかもしれません。

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